大学生の自由研究
あいうぉんの黒歴史公開集
最終更新日 2015/08/03
書いた人:あいうぉん



「人身売買の話」



とある場所に、フィルトという街があった。

周りを草原で囲まれた、美しい街である。

しかし、美しいのは見た目だけ。

そこに住んでいる人々の心は、黒く汚れていたのだった。



今日は月に1度の「フィルトの市」の日。

街のあちこちで店が出され、他の街からも多くの人が集った。

果物を売っている店もあれば、布やアクセサリーを売っている店もあり、

街は大いににぎわっていた。


そんな中、突然一番端の店から、大きな声が響いた。


「さぁさぁ!皆さんよっといで!さっき捕まえたばかりの奴も居るよ!

値段はちょいと高めだが、どうだい、買っていかないかい!」


まるで魚でも売っているかのような口振り。

しかし、そこで売られていたのは魚などではなかった。


何人もの子供であった。





少女・リーファは、捨てられた子供だった。

6歳のとき、突然親に捨てられたのだ。

そして、薄暗い小道の端で 泣いていたところを、人買いに拾われた。


初めリーファは、自分を拾ってくれた人たちが 人買いだということは知らなかった。

皆リーファを大切に思っており、

リーファ自身も、自分を拾ってくれた人たちが大好きだった。


しかし、ある日突然、リーファは市場に出された。

何が何だか分からないまま立っていると、

人がたくさん集まってきて、周りの子供達をどんどん連れて行った。

リーファは、自分を拾ってくれた人たちの方を見た。

皆、札束を持ち、黒い笑みを浮かべていた。


リーファはやっと気付いた。

自分は、この人買い達に売られているんだと。

自分が大切に思われていたのは、商品だからなんだと。

リーファの心は、絶望で満たされた。




しかし、誰もリーファを買わなかった。

次の市でも、その次の市でも、誰もリーファを買わなかった。


なぜならリーファには、他の子供とは大きく違う点があったからだ。

リーファには、腕が3本あったのだ。

体の右側に1本、左側に2本、腕が生えていた。





「ママー、あの子、腕が3本ある!」

一人の子供が、店の前で叫んだ。

その声に反応した人々が、一斉にリーファの方を向いた。

リーファは、視線の雨に打たれた。


フィルトの街の人々の、汚れた心が露わになる。

リーファを見ながら、こそこそと話している。


怖い。気味が悪い。何なのあの子。


全てリーファに聞こえていた。


リーファは誰とも視線を合わせぬよう、うつむいた。

こんな事、いつもだ。

皆自分をおかしいと思っている。

でも、これが自分の運命なんだ。

仕方が無いんだ。

我慢しなければいけないんだ。

リーファは、悲しみと無念に押しつぶされそうだった。




すると突然、

「はっはっはっは!!」

と笑い声が響いた。

太った男が、笑いながらリーファのところへ向かって来た。

「人買いさん、こいつはなんだい?腕が3本もあるじゃないか!」

人買いは答えた。

「あぁ、そいつはリーファといいましてね、

生まれつき腕が3本あるんです。どうですか、買っていきませんか?」

男は少し考えると、

「よし、いいだろう。家の雑用をたっぷりとやらせてやろうじゃないか。

腕が3本もあるんだから、きっと効率がいいだろうな。」

と言い、さっきよりも大きな声で笑い出した。


人買いも、やっと売れた、と安心しているのだろう。

男と一緒に大声で笑っていた。





男は笑い終えると、金を払い、リーファを連れて行った。

リーファは黙って男についていった。


道行く人々が皆、リーファを偏見の眼差しで見た。

リーファは何とも言えぬ屈辱に耐え、

ひたすら 男の家を目指し、歩いていった。



男の家は、とても大きく、広かった。

中に入ると、3人の召使が男を出迎えた。


リーファに与えられた仕事は、

「この家を毎日、隅々まで掃除すること」

だった

リーファは、こんな広い家の掃除を、一人でやらなければならないの、と思ったが、

分かりました、とだけ言い、立ち去った。

この人には何を言っても聞いてもらえないような気がした。





朝、リーファは家の召使に叩き起こされた。

時計を見ると、まだ朝の4時。

「あなた、初日から寝坊するなんて、どういうつもり!

さっさと起きて、家の掃除をなさい!

終わらなかったら、旦那様から罰を受けるわよ!」


召使が怒鳴ったが、リーファは何時に起きるかも、

掃除が終わらなかったら罰を受けることも知らなかった。


召使は怒った顔のまま、リーファに言った。

「それと、私達にはあまり近づかないで。

旦那様はあなたのことを気に入って買ってきたようだけれど、

私達から見たら、あなたは化け物なの。

腕が3本もあるなんて、信じられないわ。」

そして、召使はリーファに背を向けると、ずかずかと部屋を出て行った。



リーファは驚きと悲しみに涙をこらえながら部屋を出、掃除に向かった。





掃除はかなり時間がかかったが、それでも何とか終わった。

疲れ果てたリーファは、よろよろと自分の部屋に向かった。


その時、背後で、

「おい、リーファ!」

と大きな声がした。

振り返ると、そこには、リーファを買った男、つまりこの家の旦那様にあたる人が、

恐ろしい顔をして立っていた。

「おい、お前、ちゃんと家中を掃除したのだろうな!」

男が怒鳴った。

リーファはびくびくしながら、

「はい・・・。隅々まで、きちんといたしました・・・。」

と答えたが、その言葉を聞いた男は、ますます怒りのこもった表情になった。

「隅々まで、きちんと、だと?!じゃあなんで、」

そこまで言うと、男は近くの手すりの上で、人差し指を走らせた。

「ここに埃がたまっているんだ!」

男が突き出した人差し指の先には、埃がほんの少しだけ付いていた。


少しの沈黙の後、男は呆れたような声で言った。

「腕が3本もあるから、掃除も効率が良いと思ったんだが、

とんだ思い違いだったらしい。

いいか、明日もちゃんとできていなかったら、鞭打ち100回だからな。

まったく、使えない、いらない腕だ。」

そして、大げさに溜め息をつくと、去って行った。






リーファは部屋に戻ると、壁にもたれかかった。

リーファの頭の中は、いろんなことでぐちゃぐちゃになっていた。



使えない腕。いらない腕。化け物。鞭打ち100回。



何で。


リーファは自分自身に問うた。


何で私だけ、こんな目に合わなければいけないの。

何で私は、普通の子供じゃないの。

何で私だけ、腕が3本もあるの。

望んだわけでもないのに。


次第にリーファは、追い詰められていった。


どうしたらいいの。

どうしたら、こんなひどい目に合わずにすむの。


この家から逃げ出したって、きっとすぐに見つかってしまう。

仮に逃げ切れたとしても、こんな姿じゃきっとまたひどい目に合う。



リーファは考えて考えて考えて考えた。




すると突然、リーファの中の理性や良心が、ぷちっと音をたてて切れた。

同時に、この状況から抜け出せる、一つの方法を思いついた。




それは、

自分を買った男を殺し、この家から逃げる。

そして、このいらない腕を切り落とす。

という方法だった。


リーファは思った。

あんな男、殺されて当然。

私をこんな目に合わせて。

でもこれで、私はやっと自由になれる。

腕を切り落とすのはすごく痛そうだけれど、自由のためならどうってことない。





リーファは早速、台所の包丁を持ち出し、男の部屋に向かった。

男は椅子に座り、何かを読んでいるようだった。

リーファはそっと背後に忍び寄ると、男の首に向かって包丁を振り下ろした。


ザッッッ


鮮血が舞った。。


男は悲鳴も上げず、床にどさっと倒れた。


あまりにもあっけない死であった。


リーファの顔に、例えようも無いほどの 醜い表情が浮かんだ。


リーファは男の首から 包丁を抜くと、振り返らずに部屋を出た。




それから家の外に出、誰も居ない、狭い道の端に座った。

そして包丁を自分の左の腕の1本にあて、真っ直ぐ下に下ろした。


「ぎゃっっ!」


リーファは獣のような悲鳴を上げた。


何度も何度も力を加え、ついにリーファの腕は地面に落ちた。


焼け付くような痛みが、体中を駆け回った。

しかしリーファは、痛みなど気にせず、

やっと手に入れた自由の心地よさに浸り、ただただ立ちつくしていた。


しかし しばらくして、リーファは自分の体の異変に気付いた。

頭がくらくらし、視線が定まらない。

リーファはふと、体の左側、切り落とした腕があった場所を見た。


血が止まっていない。





リーファは、地面に崩れ落ちた。

自分が今、死の危機にさらされていることに気が付いた。

周動こうにも、体が言うことを聞いてくれなかった。



リーファの目から、涙が流れた。

自由など、所詮子供の甘い夢に過ぎなかったのだ。

どう足掻こうと、これが自分の運命だったのだ。

あぁ、この世は、神はなんて無情なんだろう。



少しずつ意識が遠のいていく。

リーファはそっと目を閉じた。

そしてふっと微笑むと、小さな声で呟いた。



「もし生まれ変わることができるのだとしても、もうこの世では生きたくない。」



普通の子供のように、自由に生きることを望んでいた少女は、

最後に、生きることを拒んだ。



終わり。








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