大学生の自由研究
万物の根源研究会
最終更新日 2015/06/26
記録者:ヘラクレイトス



対話録 #2


全学教育棟前をうろついていたら、彼が近づいてきた。



「ひげ濃いねえ。生やすの?」


── 生やしてます。


「まあ似合ってるわ。」


── どうも。



彼は左手に食パンを2枚、握りつぶすように掴んでいる。右手はパンをちぎり、パンくずが次々に放り投げられている。



「何年生?」


── 今3年です。


「学生?」


── 学生です。学部3年生。


「ほう、ふけ、老けてるね。」


── まあ老けてますね。よく言われます。


「何を勉強しているの?」


── え...っと。


「学部は?」


── 情報文化学部です。


「何を勉強しているの。コンピュータ?」


── コンピュータ...。生物の進化をコンピュータで再現して理解する、みたいなことをやっています。


「ほぉー生物の進化か。それはいくらコンピュータでやってもダメだな。」


── そうですかね。


「うぅん。あなたは生物がなんであるか分かっているか?」


── ...。


「あなたは人間を生物だと思っているのか?」


── えっと、生物を再現するんじゃなくて進化を再現しています。


「だから、何の進化だ。生物の進化じゃないのか。」


── 進化するのは生物だけじゃないっていう立場で...。


「だけどどちらにせよ生物がなんであるか分かっているのか?」


── それはわかってないです...。


「ンハハハ。だったら、コンピュータでやっても意味ないね。」


── そうですね...。


「進化そのものの意味も分かってないね。進化を分かっているのか?」


── それは分かります。


「では進化の目的とはなんだね?」


── 進化に目的はないです。


「ほう、進化に目的はない。ほう。あそう。へぇ。根拠は?」


── 進化っていうのは、たまたま変わった性質が環境に適していたっていうだけで...


「そうかそうか。それが根拠か。ッハハハハ。そりゃあ偶然の結果として進化が起こるっていうんなら進化に目的はないわな。」


── いや、でもただ偶然っていうわけじゃなくて...


「だったら偶然じゃなかったら何?そこに目的があるってことが分からんのか。」


── 目的はないです。


「はぁ~。それが間違っているということが分からんか。そりゃもう何やってもだめだ。」


── なんで間違ってるんですかね。


「それが分からんようじゃそりゃもうだめだ。」


── 進化の目的ってなんでしょうか。


「生きるってことさ。生きるっていう目的だよ。あらゆる生き物には生きるっていう目的があるんだよ。」


── でも死んじゃいますよね(意味不明)。


「お前はあほだな。もう無理。あなたに科学は。」



話が盛り上がるにつれて、周囲に鳥はいないのに彼のパンをちぎる速さが加速してゆく。鳥がいるからパンを撒いているのではない。撒いたパンにつられて鳥がやってくるのだ。



── じゃあどうすればいいんですかね。


「そりゃもう当たり前のことがわからん常識のない人間には科学は無理だ。」


── じゃあトラックの運転手とかをしろってことでしょうか。


「まあそれが似合ってるよね。」


── ひげも似合ってますか?


「ンフッ。それは似合ってる。だけど科学者には向いてない。当たり前のことが分かっていない。そしてなにが根拠になるのかも分かっていない。」


── 何が根拠...?


「そうだ。じゃあ進化に目的があるだろうって言ったその反論としてなんだ?死ぬぞって...こんなん反論になってるのか。それが反論になると思っていること自体がもう間違いだ。」


── 確かに、それは間違ってました。


「ンハハハハハハ。そんな、言われて分かるようじゃあだめだ。言われる前にそんなあほな論理をやってはだめだ。当たり前のことが分かってない。だから、進化には目的がない、そんなあほなことを言うんだ。」


── 進化の目的が生きるってことですか?


「ッハァ。進化の目的は生きるじゃない。生き物には生きる目的があるってことだ。生き残るという目的があるということだ。その結果として、形状を変えたりするわけだ。生き残るという目的さえカバーされていればいいということだ。それがわからんか?」


── なんとなく分かります。


「フフッ。分かってない!分かってたら進化に目的がないなんて答えが出るわけがないじゃないか。分かってないから進化に目的がないなんて答えが出るんだろう。(プルルルルルルル...)あっ──です。ちょっと後から電話してもらってもよろしいですか?あと1時間か2時間してから。お願いします。」



その後彼は左手のパンを持ちながら、その下にして黒い携帯電話を持ったので、右手でパンをちぎるたびに落ちる真っ白なパンくずが、携帯電話の闇の上にひたすらにちりばめられて山になっていた。



「あなたは論理というものが分かっていない。顔は男前だけど。だけど当たり前のことが分かっていない。」


── (フフッ)当たり前ですか...。


「うん。普通のことが分かってない。その当たり前のこととか普通のことが分かってないというのはね、あなたは正しい日本語が理解できていないということだ。情報文化学部と言いながら、フフッ、正しい情報とは何かを分かっていない。」


── 正しい情報...。


「情報には正しい情報と間違った情報があるのだけど、何が正しくて何が間違っているかの判断が出来ていない。」


── ...。


「多分、動物でも判断ができるんじゃないかね。当たり前のこと普通のこと。ベースはね、こういうことだ。つまり矛盾があっていいのかだめなのか、どっちだ?」


── だめですね。


「ほぉ、そこは分かるのか。真実は一つかたくさんあるか、どっちだ?」


── 一つです。


「そうだ。一つの言葉に多くの意味があるのか、一つの意味しかないのか、どっちだ?」


── 一つの言葉には一つの意味しかない、ですかね。


「その三つは分かるんだな?本当だな?分かるんだな?それが。本当に分かっているかどうか試していい?」


── はい。


「(腕時計を指さしながら)これはものかものでないかどっちだ?」


── もの、ですね。


「そうだな。あなたはものかものでないか、どっちだ?」


── ものです。


「なぜものだと思ったんだ?」


── 真実は一つだからですか...?


「そんなのが根拠になるのか?ものかものでないかの根拠が、真実が一つかどうかなのか。あなたは何が根拠になるのかわかっているのか?」


── 僕がものじゃなかったら、ものじゃない何か、だからですかね。


「そんな論理があると思っているのか?ものであるかないか、その判断の基準が分からずにものだと言っているのか?」


── ...。


「(コーンを蹴りながら)これはものかものでないか、どっちだ?」


── それはものです。


「なぜ分かった?判断基準なしに分かることができるのか?」


── できないです...。


「ほう。あれがものだと分かるなら、その判断基準は何だ?」


── そこにあるからですか?


「そうだ。そこにあるからだ。そこに存在するからだ。あなたも存在するからものだわな。存在しているものはものだ。分かるのか分からないのか、どっちだ?」


── 分かります。今分かりました。


「ものは存在しもの以外は存在しない。分かるのか分からないのかどっちだ?」


── 分かります。


「本当に分かるんだな?」


── 今日分かりました。


「今日分かった?今までの勉強は何だ?」


── これじゃあ遊びみたいなもんですね。


「あなた日本人か?日本語できるのか?」


── できます。


「我が国に憲法は存在するのか?」


── します。


「あほかお前は。教えても分からんじゃねえか。あなたは口だけか?もう一度言うぞ。真実はたくさんあるのか一つかどっちだ?」


── 一つです。


「(プルルルルルルルル...)矛盾があってもいいのかだめなのかどっちだ?」


── だめです。


「一つの言葉に一つの意味しかないのか、多くの意味があるのかどっちだ?」


── 一つしかないです。


「憲法はものか?はい、──です。すみません、ちょっと後で。ものは存在し、もの以外は存在しない。分かるのか分からないのかどっちだ?」


── 分かります。


「憲法はものか?」


── ものじゃないです。


「ものじゃないものが存在するのか?」


── 存在しません。


「誰だ憲法が存在するって言ったあほは。」


── ...僕です。


「分かったって言った後で間違うってのはどういうことだ。」


── 分かってなかったってことです...。


「そんなことで科学ができるのか?」


── できないです。


「存在の意味を分かっているのか?」


── ...。


「存在の意味を分かってないんじゃないのか?」


── いえ、分かります。


「ほーう。本当だな?憲法は存在するのかしないのかどっちだ?」


── ...しません。


「ものは存在しもの以外は存在しないってことが分かるのか分からないのかどっちだ?」


── 分かり...ます。


「ほう。だったらあなたはものとものでないものを区別できるんだな?」


── ...できます。


「我が国には文化が存在するのか?」


── しません。


「文化が存在すると思ってたんじゃないのか?」


── 思ってました。


「生き物には進化が存在すると思っているのか?」


── 存在しません。


「思ってたのか?」


── 思ってました。


「あほかお前は。ッハァ。もう分かるんだな?」


── 分かります。


「ものとものでないものの区別ができるんだな?」


── ...はい。


「本当だな?ものは存在しもの以外は存在しない。分かるんだな?」


── ...はい。


「空気はものか?」


── ものです。


「お前はどこまであほなんだ。真実は一つ、分かるのか分からないのかどっちだ?」


── 分かります。


「矛盾があってはいけないということが、分かるのか分からないのかどっちだ?」


── 分かります。


「(コーンを蹴って)これはものかものでないか、どっちだ?」


── ものです。


「あなたは自然から学べるのか?存在が分からないのか?」


── 分かります。


「分かってないじゃないか。存在するものには固有の形があるのが分かるのか分からないのかどっちだ?」


── ...空気は形がない...?


「空気に形があるのか?」


── ...ないです。


「空気はものか?」


── ものじゃないです。


「空気がものだと言ったあほは誰だ?」


── 僕です...。


「空気が存在すると言ったあほは誰だ?」


── 僕です...。


「空気は存在するのか?」


── しません。


「あなたは分かったといって間違うのだ。あなたに科学ができるのか?」


── 分からないです...。


「出来るわけがないじゃないか。フハハッ。そんなあほが。小学生でも分かることを分かっていないような人間に科学ができるのか?そりゃあ、ここのあほ教授とは話が合うだろうな。それはここの教授があほだからだ。あほと噛みあってなにがうれしいんだ?」


── うれしくないです。


「喜んでたくせに!ッハハハ。水はものか?」


── ものじゃないです。


「コップに入ってる水は?」


── ものじゃないです。


「お前本当に自然から学べるのか?」


── 学べます。


「コップに入っている水には固有の形があるだろうが。コップに入っている水を存在しないと言うのか?」


── 言いません。


「コップに入っている水はものかものでないか、どっちだ?」


── もの...です。


「なぜものじゃないと言ったんだ!存在と非存在の区別がつくのか?ついてないじゃないか!存在しないものを存在すると思っているじゃないか。あなたのやっている科学は宗教か?」


── 違います。


「宗教みたいなもんじゃないか!」


── 確かに...。言われてみればそうかも...。


「そんな当たり前のことが分からんのか。存在と非存在の区別もつかずに科学をやろうとしているのか?」


── してました。


「空気はものか?」


── ものじゃないです。


「吸ってる空気は?」


── ものです。


「そうだ...。水は?」


── ものじゃないです。


「飲んでる水は?」


── ものです。


「そうだろう。そんな当たり前の小学生でも分かるようなことをなぜ分からんのだ。空気はものか?」


── ものじゃないです。


「風船の中の空気は?」


── ものです。


「そうだろう。忘れていたのか?昔は分かっていたけど今は忘れたのか?後から得た知識のほうが正しいと思っているのか?」


── ...。


「お前はあほか。真実は一つ、分かっているのか?真実に古いも新しいもないのだ。それがわからんか?」


── 分かります。


「後から得た知識のほうが正しいのか?」


── 違います。


「後から得た知識のほうが正しいと思っていたのか?」


── ...はい。


「あほかお前は。真実は一つ、本当に分かっているのか?」


── ...分かります。


「はぁ。あなたの言うことは全て間違っているじゃないか。ほとんど全部。違いが分からない人間が科学をできるのか?」


── ...できないです。


「文化と文明の違いは?」


── 分からないです。


「あなた何学部だ。情報文化学部といいながら文化と文明の違いも分からずに3年間もやっているのか。なあ。」


── ...はい。


「あほかお前は。」


── 教えていただけますか?その答えを。


「腕時計は文化か文明かどっちだ?」


── 文明...ですかね。


「そうだろう。文化じゃないだろう。生け花は?」


── 文化...ですか?


「そうだ。碁は?」


── 文化...?


「そうだろうが。そうやってちゃんと違いが分かっているじゃないか。その共通項を探せばいいだろう。共通項さえも認識していないのか?分かっているくせに分からんのか?フハハハハッ。そんなの分かっているうちに入るのか?」


── ...。


「そこまであほか、お前は。ああ、分かっているのか。文化と文明の違いは言えるわけだ。なぜかが分からんのか。判断基準なしに分かることができるのか?」


── ...できないです。。


「だったらなぜその違いが分かるんだ?なぜだ?その判断基準をあなたが知っているということだろう?無意識では。なぜその無意識で持っている知恵を活かさないのだ。」


── 忘れちゃったからでしょうか。


「フハハハハハハッ。思い出せ!何だと思う?」


── ...。


「コーヒー飲まない?おごってあげるよ。」


── いや...大丈夫です...。


「いや、私コーヒー飲みたい。付き合わない?」


── あっ、そうですか。でも僕この後授業があるんで...。


「なら授業受けにいったら...?あほな授業受けてきたら?」


── はい。でも文明と文化の違いだけ教えてほしいです。忘れてしまった、その判断基準を...。


「あなた文化の文明の違いどころがだよ?真実は一つ、矛盾があってはいけない、一つの言葉に一つの意味しかない、この三つを分かりながらだな、この三つを徹底してないじゃないか。だから分からんのだ。」


── ...。


「歌舞伎は文化か文明か、どっちだ?」


── 文化です。


「茶道は?」


── 文化です。


「フン。自転車は?」


── 文明です。


「パソコンは?」


── 文明です。


「分かっているじゃないか。なぜその違いが分かる?」


── ...ものかものじゃないかですか?


「ぁ当たり前だろうそれが!!それが分からんか?生き物が、30数億年間生き続けた結果として多くの記憶をなし、その結果として多くの癖、多くの状態を手に入れた。それが文化だろう。だから生け方とかな?癖とかな?知恵とか。そういうのが文化だ。だが文明っていうのは文化を使い、ものに表したものが文明だろう。文明は存在に対応しているということが分からんのか?分かっているだろう。なぜそれを意識下に置かん。」


── ...。


「あなたは存在の意味が分かっているかということだ。分かってないんじゃない?だから進化に目的がないなんてあほなこと言うんだ。ああ、ここのあほ教授からそう聞いたのか。教授の言うことが正しいのか?」


── ...。


「あほ教授の言うことは納得して私の言うことは納得できないのか。なら勝手にしろ。あほに私の意見は通用しないから。あほが理解するのはあほの言うことだけだ。教授の言うことを聞いて授業を受けてきたら?あほな知恵を身につけてきたら?」


── ...。


「そりゃあ、進化には退化もあるだろう。方向性があるわな。そして進化しないものもおれば、進化するものもおる。だけど、それは生き残るっていう目的に沿った結果としてある状態だよ。変わらないほうが生きやすいってこともあるんだよ。それが分からんか?」


── ...。


「進化に目的がないという根拠はどこにあるんだ?」


── ...ないです。


「そうだろう。そんな、真実は一つだとかなんとか言っていたらそりゃあ...フフッ、そんなでもないか。なんか知らんけど根拠にならないことを根拠にしているのがあなただろう?何が上位の判断基準か、分かっているのか?何が下位の判断基準か分かっているのか?」


── 分かります。


「存在、非存在が最上位だということが分かるのか?」


── ...はい。


「人を殺すのはいいことなのか悪いことなのかどっちだ?」


── 悪いことです。


「日本が戦争をしてあなたが兵隊としてとられ、ピストルを持って人を殺しに行くのか行かないのかどっちだ?」


── 行きません。


「あほ。死ね。としか言いようがない。何が上位で何が下位か全然分かってないな。」


── ...。


「死んでいった特攻隊員はあほか?あいつらはあほか?」


── あほじゃないです。


「だったらなぜ死んでいったのか?」


── ...。


「理解もできんだろう。お前があほだからだ。よくそれで進化なんか考えるな、そんなあほが。あなたに科学をする資格はない。あほすぎる。何が正しくて何が間違っているかも分かってないじゃないか。」


── ...。


「あほとしか言いようがない。社会性がゼロ。非国民。非社会的な人間。あなたはね。きれいな言葉で言えばね。端的に言えばあほだ。社会性ゼロ。単なる利己主義者。個人主義者。そんなあほと私は話をするつもりはありません。教えるつもりもないわ。あなたに私の話は理解できない。あほ教授から学べば?」



そう言い放って、彼はあとちょっとだけのこったパンを握りしめながら、コンビニの自動ドアの奥へと消えていった。大量にまき散らされたパンくずは、その後しばらくしてハトによってきれいに食べつくされた。


(2015/06/25)







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