家には食器がたくさんある。
まいにちお皿を使っているのに、料理の乗ってない状態のお皿をちゃんと見たことがない。
日々お世話になっているお皿と向き合うために、じろじろ見てみた。
食事の時とは別の存在
よく考えてみると、きれいな状態のお皿をちゃんと見る機会なんてそうない。
逆に本記事のタイトルを見て「ああ、けっこうちゃんと見てるよ」とかいう人がいたら、ちょっと距離を感じてしまう。
それはでかくて料理の乗らない皿だろう。
いつもは料理をのせている脇役の皿が、今日は主役なのである。
うちのなんでも乗せる系の皿。
食事のときに見る回数でいえば、茶碗の次にダントツである。
茂木健一郎ならきっとこういう皿をクイズに出すだろう。
ラインの色とか本数を覚えているかどうか聞いてくるのだ。
もしくはラインの色が変わったりする。
いつもは上に乗っているウインナーばかり見ていた。 たとえウインナーがなくなっても見るのは残った油だった。 この皿、こんな模様をしていたのか。 緑と水色の太いラインが交互に縁を彩っている。 高校のクラスの眼鏡をかけていた女子が眼鏡を外したときみたいな感じがする。
これはぶどうだろうというのはわかるが、実の中央にある点のせいで別のものに見えなくもない。
でも9つ連なっているのはおかしいのでやはりぶどうだということがわかる。
それから、左上のあたりにマジックペンでだれかのサインが書いてある気がしないでもない。
気が散る皿である。
家にある人気のない皿。
ダルメシアンの模様があしらってある。
まったく同じ形の黒い模様がないか探してしまいそうな皿だ。
よっぽど食事がまずいか、食事相手の話がつまらないときは活躍するだろう。
犬の模様の皿だけど、だからといって犬が使ってそうな皿というわけでもない。
犬が使いそうなのはこのフリスビーみたいな皿である。
アメリカ人が好きそうなもの以外は乗る気配がない。
これは質感までフリスビーなのでおもしろい。父がよくトーストなどを乗せているが、僕は普段使っていないので質感まではわからなかった。
もしかしたら父はいつもお皿と間違えてフリスビーにトーストを乗せているのかもしれない。
うっすらと野菜の絵が描いてある皿。
カブとニンジンのサイズ感がおかしいが、周囲の葉っぱが渦巻いているように見えるので、これは野菜が異次元に吸い込まれかけているシーンの可能性がある。
僕の知らないところで大変なことになっている。
また、お腹が減りすぎて視界がぼやけている時は、フレンチの一皿のようにも見える。フレンチにしては皿の余白がずいぶん足りないけど。
どうみても天下一品のどんぶりである。
皿の中央の文字はきっと「明日もお待ちしてます。」に違いない(筆記体だったので読めなかった)。
縁に描かれている生き物の配置も完璧である。
天下一品はおっさんみたいな頭の龍でこちらは蝶という種族の違いこそあれ、コンセプトとデザインの類似は揺るぎない。
天下一品のラーメンをGoogle翻訳にかけたら、この皿にスパゲッティが乗って出てくる。これはそういう皿である。
皿の個性が爆発
あまりちゃんと見てないところをよく見てみると、意外な発見がある。
こんどからいちいち皿の模様が気になって食事どころではなくなるかもしれない。それくらい皿は見ていておもしろかった。
いままで美術館とかにある皿は意味がわからなかったけど、みんなこういう楽しみ方をしていたのだろうか。
世の中にはまだまだたくさんの皿があるので、それらの模様もぜひ見てみたい。人んちの皿とか。
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